中小企業、本当に要らない?

先日、日経ビジネスを書店で目にして、びっくりした。

 

今回のブログの表題そのままを題として、特集をしていたのだ。

 

さらにびっくりしたのは、ゴールドマンサックス出身のとある有名社長が、

「中小企業が多いのが、日本の生産性が低い原因だ。

160万社まで減らすべきだ」

と主張していたことだ。

 

この社長は、他にも多くのレポートや本を書いており、

私も色々と読んで参考にしていた。

 

元トップアナリストらしく、とてもわかりやすい文章で、優秀な方だと思っている。

日本の文化に対する造形も深く、理解も深いのだと思っていた。

 

だが、その同社長ですら、

日本の事業承継問題の本質についてはまったく理解できていないのだと、

大いに驚いた。

 

同時に、日本の宝である中小企業を残すべく活動している当機構の、

重要性と責任の大きさを再認識した。

 

「160万社まで減らす」ということは、裏を返せば、

357.8万社(中小企業庁発表、2016年6月時点)ある中小企業のうち、

「6割にあたる、217.8万社は潰してしまえ」

ということだ。

 

さて、皆さんは、どう思うだろうか?

 

皆さんの周りにたくさんある中小企業のオフィスのうち、

6割以上が閉まり、日本全土の町の中心部が、

さながらシャッター商店街のようになる。。。

 

企業が廃業しても、ビルは残るからだ。

 

その借り手を失ったビルは、次々と廃墟化し、スラム化するかもしれない。

収入がなくなれば、修繕が出来なくなるし、

税収がなくなれば、治安も維持できなくなるからだ。

 

それを良しとするだろうか?

 

 

また、国の財政的にも、困ることは明白だ。

 

中小企業が、ごく保守的に考えて、

直接間接合計で1社100万円の税金を毎年納めているとしても、

200万社で2兆円の税金を毎年納めていることになる。

 

これが、なくなるのだ。

 

それは、今年、5年半の政治的大議論を乗り越えて、

ようやく2%増税された消費税増の、約半分を無にするくらいの

影響があるのだ。

 

当然、日本の財政は悪化し、衰退は加速するだろう。

 

それが、皆さんが子や孫に残したい未来だろうか?

 

 

前回のブログで書いたが、

確かに、全ての中小企業を残すことは無理だし、その必要もない。

一定の淘汰は必要だし、淘汰も自然の摂理だ。

 

だが、6割以上も、200万社以上も潰すことは、

おそらく日本人には許容できないのだ。

 

来週の支援者の会などでも話していこうと思うが、

事業承継問題の本質は「後継者難」ではない。

 

それは、「例えば人口減の問題の本質は、女性が子を産まないからだ」

というような、ごく短絡的な、表面的な議論だ。

 

本質的な問題は3つある。

 

徐々に書いていこうと思うが、その1つは、

日本は「文化的障壁(Cultural barrier)」が世界で5本の指に入る程高い国だからだ。

 

つまり、仮に資本主義的に正しくとも、やらない&出来ないことがたくさんある国なのだ。

 

それが、2679年に渡り、

独立国として、主に単一民族、単一言語のもとで存在し続けてきた、

世界でも稀な国、日本の特徴なのだ。

 

当然と言えば、当然だ。

資本主義がこの世に生まれるはるか前から、日本は存在し、日本人は生活してきたのだから。

資本主義が生まれ、この世のルールになってから生まれた国とは、根っこから違うのだ。

 

 

ユダヤ人的な、「生産性」「効率性」を求めるなら、

資本の論理に則って短期最適でそれを求めるなら、

「生産性を上げるより、母数の企業を減らした方が早い。」

 

分子に手を付けるより分母に手を付けた方が、「ラクだし早い」。

だから、中小企業の大半を、この機会に廃業させてしまえばいい。

 

主客転倒した論理だが、

元ゴールドマンサックスらしい意見だとは思う。

 

 

ここで、あるユダヤ人から、東日本大震災後に言われて激怒した言葉を思い出した。

 

「震災は残念だったね。

ただ、日本は今後人口が減る。

だから、これを機にFUKUSHIMAやその周辺地域は全部閉鎖して、住民は他の土地に移せばいい。

そしてFUKUSHIMAは、世界的な原子力や放射能の実験場にすればいいじゃないか?

そうしたら、日本は原子力の分野で最先端になり、大もうけできるよ!」

 

思わず、私は激怒した。

私でなくとも、日本人なら、絶対にイエスとは言わないだろう。

 

だが、・・・ユダヤ人らしい意見だとも思った。

 

歴史的に、国を失い、土地を失い、

資産を移動できるカネに替える必要が生じ、

その必要から金融に長じた彼らにとっては、

土地を捨て、移動し、逆に稼ぐ機会にすることは、当然のことなのだろう。

そして、これが資本主義の世界で成功を収めた人の考え方なのだ。

 

 

だが、私は、日本人は違うと思っている。

 

「なぜなら、日本人だから」

「なぜなら、代々住んできた土地だから」

「なぜなら、子や孫のために」

 

日本人には、歴史があり、故郷がある。

過去や未来を長く考える文化的素地があり、

歴史や文化の教育も受けている。

 

だがら、資本主義的に如何に正しくとも、

それだけでは動かない。

 

人の気持ちが理解できなければ、人は動かない。

 

そして、人が動かなければ、大事は成し遂げられない。

 

雑誌を目にした時にびっくりしたが、改めて認識する、よい気づきだった。