2つの「り」

今日は、当機構が大切にしている、

2つの「り」についてお話したい。

 

 

一件簡単で、

子供でもわかることのようであるが、

実は現代資本主義社会で生きる大人が、

この2つの順番を守って生きることは、

容易ではなくなってきているからだ。

 

 

1つ目は、「理念」の「り」である。

 

 

私は、下記の吉田松陰氏の言葉を胸に刻んでいる。

そして、現代でも通用すると思っている。

(いや、むしろ現代だからこそ、重要な言葉かもしれない)

 

 

夢なき者に理想なし。

理想なき者に計画なし。

計画なき者に実行なし。

実行なき者に成功なし。

故に、夢なき者に成功はない

 

 

当機構の理念は、

「中小企業5000社の承継者になり、

 雇用・経済・安全を子や孫に未来を残す」

ことだ。

 

 

そのために、当機構は存在し、活動している。

理念以上に優先するものはないし、

理念は変わることもない。

それが、当機構のいう「理念」の意味である。

 

 

一般論としての理念の大切さについては、

老若男女、反対する人はほぼいないだろう。

 

 

だが、現実社会では、

2つ目の「り」の方が、優先されがちだ。

 

 

それは、「利益」の「利」である。

 

 

理念があるから人が集まる。

人が集まるから活動が拡大する。

(全ては、ヒトに始まり、ヒトに終わるのだ)

 

 

そのヒトの活動の拡大のために、

モノ・カネが2次的に必要になるのは事実だが、

その順番は、逆ではないし、逆であってもならない。

 

 

理念を実現するために、

利益が必要になるのであって、

逆ではないのだ。

 

 

ところが、いまの資本主義の現実社会を見ると、

どうだろう?

 

 

先日、ある上場企業の経営者が、

こんな発言をしていて驚愕した。

 

 

「当社にとって一番大事なのは、株主の利益です。

 理念と言うのはそのためのツールであり、

 時勢に合わせて当社の理念は変わるのです」

 

 

・・・当機構の考えとは、まったく逆であった。

 

 

だが、ファンドや株主の多くは、

このような経営者を称賛し、推奨する。

自らの利益につながるからだ。

 

 

そして、多くのファンドや株主は、

自己の利益の拡大のみを、性急に求めている。

 

 

その根底にあるのは、強迫的なまでの利益追求だ。

(さわかみファンドのような長期の応援株主は、まだまだごく少数派だ)

 

 

そのような、ファンドや株主の強迫的なまでの利益追求が、

もともとは善良な企業の経営陣を、追い込んでしまう。

 

 

結果、経営陣が利益計上の為に不正を犯したり、

目先の利益の為には環境破壊等を厭わないという、

短期視野の自己中心的な経営を引き起こす。

 

 

根本的な問題は、

ファンドや株主が、短期利益を求めることにあるのだ。

(オーナー企業に良い企業が多く、

 長期的な経営を出来るのは、経営者=大株主だからでもある)

 

 

現代の資本主義(※人間主義ではない)に毒された多くの企業では、

自己の目先の利益を上げることが全てで、

理念はどこか遠く彼方へ吹き飛んでしまっているのだ。

 

 

先日、米国で大火事を起こして引責辞任した電力会社のCEOが、

決算発表でこんな話をしていたのも、同類だ。

 

 

「古くなった電気設備の交換工事に、

 300億かかるところを150億に抑制し、

 株主のための利益を150億増やしました。(誇らしげに)」

 

 

わずかな利益のために工事費をけちった結果、

何が起きたか?

 

 

大火事が起き、

多くの人や動植物が死に、

大気汚染を引き起こし、

住民に避難生活を強いることになり、

最終的にその電力会社は再生手続きに入ってしまった。

当然、株主や銀行も、大迷惑だ。

 

 

そろそろ、こんな短期視野の資本主義を

妄信することから、卒業した方がいい。

資本主義は、万能ではないのだ。

 

 

私は講演会等で、よくこんな話をする。

 

 

「資本主義の神の手は、強力だが、短い。

 実はこの世の事象の4割程度にしか、届かないのだ。

 だから、神の手が届かない残り6割は、

 我々人間の手で補う必要がある。」

 

 

子や孫の未来を考えること、

不平等・不公平を是正すること、

命を大事にすること、

未来の環境を考えること

・・・etc

 

 

当たり前のことばかりだと思うだろう?

 

 

だが、そのほとんどが、

実は資本主義の神の手では、なされていないのだ。

(上記にかかる世界的な活動は、

 いずれもファンドや企業によってではなく、

 非営利団体や国際機関等によって行われている)

資本主義の中で生きるファンドや企業は、

むしろ逆の行動をしていることも多いのが実情だ。

 

 

そして、事業承継問題も、

これらと同様に、

資本主義の神の手が届かない問題の1つだ。

 

 

日本の事業承継問題は、もう20年も前から指摘されてきた。

そして、100以上のファンドや、多くの企業が、

利益目的で取り組んできた歴史もある。

 

 

だが、その問題は解決するどころか、

むしろ増えて、大きくなっている。

(利益目的で解決できる問題なら、

 とっくの昔に「神の手」によってなくなっていただろう)

 

 

短期の利益を目的にしては、解決できない、

即ち、資本主義の中では解決できないことが、

歴史的に証明されている問題なのだ。

 

 

私は、自らの利益よりも、

社会問題の解決の方が大事だと考えた。

そして、そのために、残る人生の全てを費やそうと、

10年前に覚悟した。

 

 

それから、10年という期間にわたり、

赤字であろうと、

目先の利益の見込みが立たなかろうと、

失敗を幾度となく繰り返し、

他人に何度も無理だと言われようと、

止めることなく問題の把握に取り組み、

1つずつ解決策を作り出し、

ノウハウを積み重ねてきた。

 

 

その基盤の上に、2018年に、

「利益よりも、社会問題の解決を優先する」

ソーシャルビジネスとして、当機構は船出したのだ。

 

 

10年続けてきたその間に、

それは今の言葉で言うと、

「SDGs」とか「ソーシャルビジネス」と

言われる時代になった。

 

 

そのようにお伝えした方が、聞いた方が理解しやすいようなので、

当機構のご紹介でも、そうお話しすることも多い。

 

 

だが、当たり前のことが、

何か特別なことのようにキーワードになるというのは、

大抵、何か大きな問題が起こっている証拠だ。

 

 

当たり前のことを当たり前にできなくなっているから、

当たり前のことをやっている人に脚光が当たるのだ。

それは、世の中の兆候として、決して良いことではない。

 

 

願わくば、子や孫の未来では、

SDGsとかソーシャルビジネスという特別な言葉はなくなり、

当たり前のことが当たり前になされているように、

なっていてほしい。

 

 

子や孫にそんな社会を渡してあげられるようにするためにも、

今日も全力で活動を推進していこうと思う。